妻の落ち着き

墜には、小さな油絵を飾り、洋酒のぴんが並んだガラス戸棚はきれいに際かれ、急の訪問なのに、よく片付いた落ち着いた雰囲気の居間にすぐ通していただいたことを覚えている。お茶を出して下さった後、ご主人と私たちの傍らの椅子にかけて私たちの会話にさりげなく仲間入りをした。そして、夫の話を心から聞くように、いちいちうな.すいている。その表情が真剣で、まさに一対の夫婦という初い初いしさが感じられた。こういう場合、小さな子供がいると、夫の話を落ち着いて聞くわけにはいかない。子供の方に神経が働くから、妻の落ち着きが失われがちなものである。子供のいる家は、飾り気のない気安さはあるかもしれないが、子供のいない家には、情緒的なムドがあり、客がいるときでさえも、妻が夫への愛情を示すままごとのようなしぐさがあるように感じた。私が子育てに追われている時代だったからであるうか。さんの奥さんが、自分の夫の話を横に座ってうなずく姿に、私は夫婦の甘やいだものを感じた。二人の娘を育てながらの共働きで、めまぐるしい生活をしている私には、夫人が仕事を持っていても、部屋を飾る落ち着きと、夫へ向けるにこやかなまなざしと接し方に、大いに反省させられたことを覚えている。お互いへの気の鐙い方を見習う友人のさんは三十八歳、新聞記者である。夫婦の聞に子供はいない。夫も同業の新聞記者である。家庭部に籍のあるさんは、女性問題を中心に取材をし、時には出張もあるし、数日おきに夜中の十二時までの遅番がある。好きなように仕事をしている彼女の生き生きとした表情を見ていると、さぞや、夫は彼女のすべてを理解してくれているのであろうと思えるのだが、どうもそれだけではないようである。こんなに忙しい仕事をしていても、さんは夫に合わせて夫の実家にも一緒に行くことも多いらしい。鍋料理の話をすると、「夫が好きなの」と材料などを真面目にメモしている。夫の好きな競輪場にも、休日にはつき合うようにしているらしい。女性問題については、しっかりした考えを持ちつつ、実生活では柔軟な対応をしている細やかな姿勢を、子供を持つ妻と子供を持たない妻との徴妙な違いととるのは、私の怠識しすぎであろうか。夫といるといそいそとするとか、夫のために尽くすという考え方は、子供がいる、いないとは関係がないとは思う。しかし、子供のいない夫婦の方が愛情への努力をしているように見える。子供というクッションがないせいであろうか。